「なんか最近、店のタコ焼きのタコ小さくなってませんか?」
よく耳にするこんな冗談が今、冗談ではなく切迫した現実の話となりつつあります。そして将来タコ焼き、というよりもタコ料理自体が庶民食ではなく高級食品となる日が来るのかもしれません。

世界でも無類のタコ好きとして知られる日本。タコ壺漁に使われていたと思われる土器が、古くは弥生時代中期の遺跡から出土しています。日本人のタコ好きは二千年以上前から続いているようです。
そんなタコは日本でも様々な地域で漁獲されています。日本一のタコ漁獲量を誇るミズダコの北海道、タコ壺漁発祥の地ともいわれるマダコの兵庫県明石市、イイダコで知られる石川県などが主な水揚げ地として有名です。

世界最大のタコ消費国である日本は、現在の年間消費量が世界全体の60%にもなります。日本は水産物が豊富な島国でありタコ漁にも適した国ですが、自国だけでの完全自給にはほど遠く自給率は現在約30%。日本最大のタコ輸入国は北アフリカの西側に位置するモーリタニア及びモロッコで、その比率は2国合わせて輸入量全体の70%前後となります。
そのモーリタニアでは、タコは主にタコ壺漁で獲られています。このモーリタニアとタコ壺漁、日本と深い関わりを持つことをご存知の方もいるのではないでしょうか。

アフリカ大陸に位置するモーリタニアですが、フランスからの独立後は農業を主な産業基盤としていました。しかし国土の90%近くがサハラ砂漠に属することから農業だけで国力を支えるのに苦労する状態が続きました。

一方でモーリタニアの国土の西側は大西洋に面した海岸線を有しています。アフリカ大陸の大西洋に面する中でも北部沿岸側は、大陸棚が広がる浅瀬となっています。さらに貿易風により頻繁にプランクトンが運ばれるため、海洋生物の生息には優れた海洋環境となります。そこで漁業支援のためにJICA及び海外漁業協力財団から、1970年代に漁業指導員として中村正明さんが技術支援のためにモーリタニアへ派遣されることになりました。

モーリタニアに渡ってから数ヶ月、中村さんは漁業の可能性や利点を説明しました。しかし漁業の設備や技能を持たないモーリタニア。何とか集まった人達と網漁などに挑みますが中々思うような成果が得られず、試行錯誤の日々が続きます。そんなある日、海にある古タイヤの中に、立派なマダコがいるのが中村さんの目に映りました。

イスラム教徒やユダヤ教徒・西方キリスト教徒などは、正典の教えからヒレやウロコのない水産物をほとんど食べないのです。そのためこれらの教徒が多いアフリカ大陸ではタコはもちろん水産物自体を食べる習慣がありません。つまり大陸棚が広がるこの大西洋沿岸沖はマダコにとって、餌が豊富で捕獲されることも少ない最高の環境となっていたのです。
しかもタコ壺漁であれば大規模な設備や特別な技術も不要であり、モーリタニアに根付く漁業になりうる可能性を秘めていました。

そんなタコ壺漁に目を付けた中村さんはモーリタニアの人達に勧めますが当初の反応は「そんなものを獲ってどうするんだ」と芳しくなかったそうです。タコは周辺国を含めて食べるどころか単なる気味悪い生物にしか見えないお国柄、無理もありません。しかし根気良く説得を続けた結果タコ壺漁が始まり、見事大漁を迎えます。
こうして世界有数のタコ水産地となったモーリタニアのタコは、海外への輸出水産業として重要な基盤となり漁業従事者も増加していきました。

ここで冷戦終結とIT革命が起きグローバル化が加速する90年代が到来します。タコを食する数々の日本食が、そして元々カルパッチョや干物などタコを食べる習慣のあった東方キリスト教の比率の高い地中海沿いのヨーロッパ各国の食事もまた、世界へ広がります。こうしてタコの世界消費量とマーケットが拡大していき、次第にタコの供給不足と価格の上昇が目立つようになります。

しかしタコを自国の食料としては全く見ていないモーリタニア。タコは獲った分だけ収入になるため需要に比例して漁獲量も増えていき、乱獲や密猟が続発。結果、タコの漁獲量が激減します。2000年代に入ってモーリタニア政府が禁漁期間を設けるなどで対応しますが、もはやタコは重要な収入源となっていることから国内の漁業従事者も激増しており漁獲のバランスを取るのに苦労しています。また同じ海岸線をもつ北側の国モロッコもタコ漁を始めており、アフリカ大陸北部沿岸全体として漁獲量を調整するのに難儀している状態とあっています。

さらに健康志向が加わった2010年代になるとタコが持つ良質なタンパク質が注目され、タコそのものが高い価値を持つ商品となり、世界のタコ需要が近年加速しています。近年はモーリタニアの南に位置する、セネガル国もタコ市場に積極的に参入することを狙っており、各国にアピールしています。

需要と供給のバランスを取ることは難しいとされていますが、急増するタコ需要と価格。それを支えるアフリカ西海岸。今後のタコ市場の情勢にタコ焼き屋さん、だけでなく日本、どころか世界中が注目しています。